『苦役列車』を読む
読書感想第6回目
臭いや味を感じてくる文章
(この読書感想にはネタバレが含まれます)
【窓井来足】*1
識句さんとしてはどうだった?
【桑林識句】*3
そうね。私としては。
主人公に対する感情移入できる面と、できない面のバランスが丁度良かったかしら。
【窓井】
ふうん。というと?
【識句】
基本的にこの小説の主人公はろくでもない人で。
借金は踏み倒すし、貯金という発想もないし。恋愛は性欲でしか見てないし。
自分より優れていると判断した相手にはすぐに嫉妬するのだけれど。
そういう場面で主人公に対して嫌悪感を感じ始めたあたりで。
彼の過去に関する話題が入ってきて、同情する方に感情を動かされて。
でも、また酷い事をし始めるから、やっぱり軽蔑したりして。
【窓井】
なるほど。つまり。
主人公に対しての軽蔑と同情が、丁度いいタイミングで入れ替わる。
……みたいな?
【識句】
そうね。そしていいタイミングで入れ替わるから。
嫌悪感によって読むのが嫌になる訳でもなければ。
かといって同情で主人公に共感し過ぎる事もなく。
ただ「そういう人もいる」というのを客観的に楽しめるのよね。
【窓井】
そこは面白いよね。
で、この小説は私小説らしいだけど。僕としてはそこがまたすごいと思っていて。
【識句】
と、いうと?
【窓井】
どう考えても、この主人公の貫多はろくでなしに描かれているし。
恋愛や性に関しては、女性どころか男性でも不潔と感じるような面も多いけど。
それを私小説として書いているというのはつまり。
自分の良くない面を明かした上、特に言い訳せず冷静に分析もしているって事だし。
【識句】
そうね。私としても貫多みたいな人と関わり合いになりたいかと言ったら全く思わないけど。
ろくでもない自分をこうも読者が引き込まれるように書ける人というのは尊敬に値すると思うもの。
【窓井】
人としては全く尊敬できないけど、作家としては尊敬できる……みたいな?
まあ、とはいえ小説である以上、作品に必要なところだけを書いているだろうから。
実際の作者がこうも酷い人かと言ったら、それは違うとは思うけどね。
【識句】
でしょうね。作者の人生に仮に善良な人としてのエピソードがあっても。
この小説にいらない要素ならば、それは書かなかったでしょうし。
あと、少し話は変わるけれど。
この作者、文章で五感、特に嗅覚と触覚、味覚を刺激するのが上手いと思うのよね。
【窓井】
嗅覚っていうと、この作品全体から不衛生な体臭みたいのは感じるし。
触覚というとやっぱり似たようなジメジメ感もするんだけど。
【識句】
でも一方で、味覚はそれと違って美味しそうなのよね。
それも特に御馳走という訳でもない、立ち食い蕎麦とか弁当とかが。
【窓井】
ああ、それはあるね。
序盤の蕎麦のシーンとか読んで実際僕自身、駅の立ち食い蕎麦に行ったくらいだし。
【識句】
わざわざ食べに行ったの?
【窓井】
いや、電車の中で読んでいたからそのまま行ったんだけど……。
まあ、兎も角。
貫多に対する描写だけでなく、風景描写もまた上手いってことだよね。うん。
【識句】
で、更に。全体的に少し古い雰囲気の文章で、結構硬い感じの言葉も使ったりしているのだけど。
それがまた、この作品の世界観にぴったりと一致していて、とても魅力的なのよね。
ただ、この小説の私としての最大の弱点として。
【窓井】
弱点として?
【識句】
周りの人には勧めにくいというのがあるわね。
私は気にしないのだけれど。
こういう内容は特に女の子だと抵抗がある人も多いでしょうし。
【窓井】
まあ、確かにそうだね。
結構、モテない男の生々しい性的なエピソードとかもあるし。
【識句】
そういうのも大丈夫な人になら、文章がとても良いと思うし。
参考にもなる作品として、私も文芸部で周りに勧めるのだけど……ね。
と、まあ今回はこんな感じかしら?
――で、次回もまだ続くのよね?
【窓井】
え? 今回は識句さんの方がしめるの?
……まあ、いいけど。
という事で、町田が登場する文学作品の感想は今後も続くので。
これからも是非、よろしくお願いします。
(この記事で窓井と会話している桑林識句は架空の人物ですが、読書の感想については実際に窓井が読んで感じた事を元にしています)